不正に対して不正で応じることも不正である。脱獄を目論んだ友人を諭したソクラテス |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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不正に対して不正で応じることも不正である。脱獄を目論んだ友人を諭したソクラテス

ソクラテス<下>ソクラテスの死・後編

いまも語り継がれる哲学者たちの言葉。自分たちには遠く及ぶことのない天才……そんなイメージがある。そんな「哲学者」はいかに生き、どのような日常を過ごしたのか?

紀元前469年頃 – 紀元前399年4月27日。

前回
死刑判決がくだったソクラテスの行動

 当時のアテネの牢獄では泥棒などの犯罪者は厳しく勾留されていたが、ソクラテスのような思想犯、政治犯はさほど厳しい扱いをされていなかった。
 朝になって門が開かれると、家族や友人たちはソクラテスの部屋に入って面会し、一緒に食事をしながらいろいろな話をしていたそうだ。 

 また、脱走しようと思えば容易に脱走できる状況にあった。死刑執行がいよいよ翌日に迫った夜、ソクラテスの牢獄を親友のクリトンが訪れた。本来であれば夜は牢獄に入れないのだが、クリトンが番人を買収していたのだ。

 死刑直前でも熟睡しているソクラテスを見て驚くクリトンだが、目を覚ましたソクラテスに対して、脱獄して外国へ逃げるようにと促した。もちろんそんなことをすればクリトン自身も告発されるのだが、全財産を使ってでも告発者を買収すれば問題ないと踏んでいた。クリトンは、罰を受ける危険を犯し全財産を投げ打つことになったとしても、親友ソクラテスを助け出そうとしたのである。

 

 しかし、ソクラテスはクリトンの申し出を断った。

 人はいかなる時にも不正を犯してはならず、正しく生きなければならない。不正に対して不正で応じることも不正である。だから、たとえ判決が不正なものであったとしても、番人を買収して脱獄するということは不正である。

 また、生まれてから70年もの間受け入れてきたアテネの国法を今になってやぶることもまた不正である。たとえ今、法をやぶって国外へ逃亡したとしても、逃亡先の国では法の敵とみなされるだろうし、あの世でもあの世の法の敵とされてしまうだろう。長生きするよりも、最期まで善く生きることのほうが自分にとっては大切なのだ。

 ソクラテスはこのようにクリトンを説得した。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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